自性院歴史
自性院は、正しくは本覺山寶光寺自性院といい、慶長16年(1611)2月15日、道意上人によって江戸神田北寺町(現在の千代田区錦町)に開創されたと伝えられています。
そして、慶安元年(1648)11月21日、谷中(現在地)へ移転します。

愛染明王
・密教の忿怒(ふんぬ)部あるいは明王部に属する尊像。愛染王とも略称される。サンスクリット名はラーガラージャラーガ(羅我と音訳する)とは赤色、情欲、愛染の意、ラージャ(羅闍)は王の意。愛染明王の意味は、人間がもっている愛欲をむさぼる心(愛欲貪染(とんぜん))を金剛薩埵の浄菩提心(じょうぼだいしん)の境地(三昧(さんまい))にまで高めた状態をいう。すなわち煩悩(ぼんのう)即菩提のことで、人の煩悩も仏の悟りの智慧(ちえ)に等しいことを意味する。
・人間の愛欲をそのままに悟りにみちびく。一面三目六臂(ろっぴ)の赤色忿怒(ふんぬ)像であらわされ,平安時代初期に日本につたわる。のちに恋愛成就,美貌をねがう庶民の信仰の対象となる。
・弓矢を携えていることから、古くは武運の神とされていましたが、近世頃からは恋愛祈願、家庭円満祈願の対象として信仰されてきました。
火除け地蔵
天空を象徴する虚空蔵菩薩に対し、大地の恵みを神格化した菩薩が地蔵菩薩です。
当院の地蔵菩薩は「石仏立像、丈三尺」これまで数度の火災にも焼失を免れており、火除け地蔵尊と称されている。
御府内八十八カ所霊場
宝暦年間(1751~63)信州の浅間山真楽寺の僧の本願により四国八十八カ所霊場を写したものです。
四国八十八カ所450里を府内45里に縮め、四国霊場の土魂を府内のそれぞれの霊場の拝前に置き、遠い四国までいけない者にも府内の霊場を巡拝すれば四国へ巡拝したと同様の利益があるようにと設けられました。
当院は第53番霊場・伊予の国(愛媛県)円明寺の写しとなっております。
無縁塔
境内墓地に安置される無縁塔は、文化元年(1804)に造立されたものです。
無縁という言葉は、無縁慈悲(時間空間の観念を脱して自然そのままに一切衆生を救済する、広大無辺の大慈悲)、無縁衆生(宿世において仏菩薩と縁を結んだことのない衆生)、の2つの意味がありますが、無縁塔の場合は、このような仏教本来の意よりも、単に縁者のない、いわゆる無縁仏を供養するためのものと解釈すべきでしょう。無縁仏を供養する行為は、仏教における慈悲の心の行動化といっても過言ではありません。
自性院の無縁塔は、頂上に弥勒仏をいただき、胴の部分に滑車のような輪が組み込まれたひじょうに珍しいものです。この輪を手で回し、輪が止まるとき後戻りもせずに止まると極楽へ行き、後戻りして止まった時は地獄へ落ちる…という言い伝えが残されています。
自性院へ参詣に訪れた善男善女が、この無縁塔の輪を回し一喜一憂されていたそうです。

年間行事
1月1日
新年愛染護摩修行
春彼岸
3月の「春分の日」を「中日(ちゅうにち)」とし、その日の前後3日間(合計7日間)
春分の日 春彼岸大法要
お盆
7月13日~15日
お施餓鬼会
7月19日
秋彼岸
9月の「秋分の日」を「中日(ちゅうにち)」とし、その日の前後3日間(合計7日間)
秋分の日 秋彼岸大法要

